<酒蔵を継ぐということ>
子供の頃は冬になると杜氏さん達が来て蔵が賑やかになるなとか、朝から湯気がたっているなとか、外から見た記憶しかなかったです。3姉妹の末っ子で、私が小学生の頃もう2人の姉は高校生で既に進路を決めていたので「誰もやらないんだったら」という気持ちでいました。私がやらなくちゃ、という気負いはなかったと思います。やはり350年という歴史のある蔵だということは小学生ながらに感じていたんではないでしょうか。小さい頃は杜氏が来てくれて私たち家族は経営者として家にいましたので、ここに戻ってくるまでは親のように経営者として跡を取ればいいのかなと考えていたんですが、戻ってきてすぐに杜氏が高齢で続けられないということになり、予定はなかったんですが急遽蔵に入ることになりました。
<実際に蔵に入って感じた杜氏の責任>
入る前は大変だろうなという考えも無く、やる人がいないから私が作ろうという考えで入ったのですが、入ってからその大変さとか責任の重さとかを感じるようになりました。蔵に入り最初の4年間は杜氏が判断して指示を出してくれていたので、それに沿って作業をしていたんですが、5年目に一人でやることになった年というのは一人で全部判断していかなければならないということを目の当たりにした年でした。
お酒を仕込むというのは蔵の、家族の一年分の財産を背負うということなので、すごく責任を感じました。その5年目の重みは想像ができなかったですね。でも、発酵がスタートしたらもう逃げられない。生き物が相手ですのでスタートしてまったら最後まで逃げられない。今までやってきた一つ一つの作業が心配で仕方が無かったです。こんな手触りだったかなとか、こんな香りだったかなとか。本当に不安でした。お客様においしい、よくできたねと言ってもらえて、初めて本当に安心することができました。
<来年で創業350年となる岡崎酒造の酒造りとは>
亀齢(きれい)という酒が創業からの看板というか柱となっているお酒で、辛口で幅広いお料理に合います。味や香りが強いというものではなく、お料理とともに一緒に楽しめるお酒だと思います。昔から飲んでいただいてる方もいらっしゃいますが、柱になるイメージの「辛口ですっきり」というものは変えてはいけないと思っています。常にどんな仕事でも同じですが初心を忘れてはいけないということを心がけています。事故や怪我につながりますし、去年と同じでやっていればいいやといのではなく、初心を忘れないようにと。
また、酒造りで一番大事なのはチームワークだと思います。うちの蔵は自分も含め3人だけで作っていますが、そのチームワークが狂うとどうしても酒の発酵の仕方や麹のでき方に違いが出てくるということが最近分かり、チームワークというものを大事にしています。子供もいますので家族の力も借りなければならない。蔵に入っているチームだけでなく、家族の協力も必要です。
昔から『和醸良酒』(わじょうりょうしゅ)という言葉があります。和を醸して良いお酒ができるということですが、まさにこれだと思います。
<酒造りは子育て>
柱になるようなお酒を毎年同じに作るというのが実は一番難しい。出来上がったお米も違いますし、気温も違うので発酵のさせ方だとかを同じに持っていくというのが難しい。そこが杜氏の腕の見せ所だと思っています。材料も同じものを使い、データを見ながら作っても同じものはできない。天気予報とか蔵の中の温度とかすごく気にして蔵も良く見に来ます。よく酒造りは子育てに例えられるんですが、タンクの一本一本に子供の様に個性があって、それを見ながら育てていきます。ちょっと熱が高いなとか、低ければ温めてあげようとか。発酵する温度やどの程度アルコールがでているかとか、甘さとかをチェックしています。本当に子供が育っていく過程のようで、あまり過保護にしすぎてもダメ。強い酵母を育てていかないと。かわいい、かわいいで温度を作りすぎてもいけないですね。その結果、発酵が終わって、絞るタイミングを決めて出てきた酒が予想どおりの出来のときに「やった!」と感じます。それで蔵の外に出ると外の気温も日差しも暖かくなっていて「あぁ、今年も終わるなぁ。」という達成感を感じることができます。
<新しい取り組み~伝統と挑戦~>
新しく取り組んだこととして、普通日本酒というのは米を削って、周りのたんぱく質を落とし雑味を取り除き良い香りのお酒を造るというものですが、私が入って6年目ぐらいに逆転の発想で発芽玄米をそのまま日本酒として作ってしまおうと臨んだお酒があります。「芽衣(めい)」と「双葉(ふたば)」というお酒になります。
多分、昔からの杜氏がいて別に経営者がいてという体制だったら、経営者が新しいことをやろうとしても、酒造りに責任のある杜氏がやらないのではないかと思います。ですが、私は経営者と杜氏という両方の立場ですし、もし失敗しても責任は全部自分で負うことになるのだから、という気持ちでやってみようと思いました。お客さんお反応としては、見たところ黄金色で普通の日本酒と違うので興味を惹かれます。話をする中で玄米の話やギャバという言葉などがでてくると手に取っていただけます。
家族で経営するというのは伝統を守るということで守りに入ってしまうことが多いですが、どうしても縮小傾向になってしまいます。しかし、そこでやはり怖いですが一歩前にチャレンジすることが大事ではないかと思います。2歩3歩としてしまうと不安ですが、少しずつチャレンジしてくことが大切ではないかと思います。
<私にしかできないこと>
今までなかなか外に出ていくということができませんでしたが、長野県中の蔵人の集まりなどに出ていくことで、今の長野県の酒蔵の情報などを同世代の蔵人たちと情報交換をすることによりチャレンジできることがたくさんあることを最近とても感じます。観光客の方などとお話しする中で、女性の方が日本酒を飲み始めだしたとか、おいしいという感想をいただくことがあります。いままでは淡麗辛口を求めていらっしゃることが多かったんですが、最近は味のあるものや少し甘味を感じるものなどを好まれることがあります。
この時期は店頭に立つので直接お客様の声を聴くことができます。作り手のイメージを伝えてみても、また違った反応をもらったりと、とても良い刺激になります。普通の杜氏さんはお酒を造ったら帰ってしまうので、私はお客さんの声が直接聞けるというのは大きな強みになると思います。
<夢>
まだまだ、この蔵は無名の蔵で、県外に行っても誰も知りませんが、日本全国の方が飲んだときにこの蔵に行ってみたいと思ってもらえるような蔵にしたいです。またこれから東京オリンピックがありますが、全世界の方に日本酒を飲んでいただいて、この蔵に行ってみたいと思っていただけるような蔵になっていたい、そういうお酒を造っていきたい。全然知らない方がお酒を飲んでここを訪れてくれたらうれしいですし、またそれが女性だったりするともっと嬉しいですね。最近麹だとかが美容などに良いというのはよくご存じかと思いますが、日本酒はそれが原料になった滴ですが、それを知らない方がいるんじゃないかとも思っています。
実際の酒造りを、私が行って発信していけば、昔ながらのご年配の杜氏の方がおっしゃるよりは親近感を持って聞いていただけるのではないかと思います。やはり発信していくことが大事だと思います。
<座右の銘は>
酒造りについては、初心を忘れないように気を付けています。 経営者としては、守りに入ってはいけないというか、挑戦していかなければいけないと常に思っています。
社名 | 岡崎酒造株式会社 |
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所在地 | 〒386-0012 長野県上田市中央4丁目7-33 TEL : 0268-22-0149 FAX : 0268-22-0199 http://www.ueda.ne.jp/~okazaki/ |
代表者 | 代表取締役社長 岡﨑時子 |
創業 | 寛文5年(1665年) |
事業内容 | 酒類製造・販売業 |
愛読誌 | 「dancyu」 「蔵」 |
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